またまた久しぶりの投稿になってしまいました。
今回は腫瘍診療の中で非常によく遭遇する病気である、犬の乳腺腫瘍についてです。
開院7ヶ月ですが、すでにたくさんのわんちゃんの乳腺切除を行いました。
乳腺腫瘍は、きちんとした知識と判断で発生を大きく減らしたり、完治となることも多い腫瘍です。
○知っていてほしい特徴
胸からお腹にかけての皮膚の下に、硬い石のようなしこりで触れることが多い。 → たくさんスキンシップして早期発見を!
避妊してないわんこに多い。 → 避妊手術の予防効果!
大きいもの・早いもの・高齢犬・大型犬のほうが悪い。 → でも手術で治せることもある!
複数のうち1個だけがんのこともある、良性が悪性に変わることもある。 → 早期治療の重要性!
以下は少し詳しい内容ですので、気になる方はご覧ください。
○スキンシップの方法
僕たち獣医師の行う『触診』と似たようなことがお家でできたらと思います。
乳腺腫瘍を見つける方法は、とにかく触ること。この時に左右5個ずつある乳首(たまに4個のこともあります)に沿って、皮膚をむにむに揉みます。イメージは少し厚手の布の下にある小石を探す感じ。
多くは皮膚とも筋肉ともくっついてないので、つまんでも皮膚の下でつるつる動く感じがあります。
お腹出してひっくり返っちゃうような子は簡単ですが、なかなか触れない子もいると思います。まずは穏やかに声をかけながら、美味しいものをあげながら、首→肩→背中→胸→お腹とゆっくり触れる範囲を広げながらトライしてみてください。
○避妊手術の効果
避妊手術をすれば必ず予防できるというわけでもないですが、避妊手術のタイミングで予防効果が異なることが知られています。
乳腺腫瘍発生率は初回発情前の避妊で0.05%、2回目の発情前の避妊で8%、2回目発情以後の避妊では26%という報告が有名です。ですので、2回目の発情前に実施することをおすすめしています。
また未避妊の子で乳腺腫瘍の手術を行う場合、同時に避妊手術をすると再発生のリスクを53%減らせる報告があります。一方で手術時時間や侵襲性(身体への負担)が増してしまうため、同時に行うかは相談となります。
「避妊手術をしたほうがいいですか?」とよく聞かれますが、「うちの子ならします」が僕の答えになります。
たくさん病気を見る立場としては、いくつかの病気の予防を考えて実施しますが、手術や麻酔の負担、子供を産めない、太りやすい、まれな尿失禁などのデメリットもあります。
悩まれる場合はぜひ相談にいらしてください。
○良性と悪性
以前は「50%悪性、そのうち50%は転移してる」が有名でしたが、現在もう少し細かいことがわかってきています。
『3cmを超えると悪性が多くなる。』
『大きくなるスピードが早いものは悪性のことが多い。』
『小型犬では1/4が悪性だが、大型犬では悪性のほうが若干多い。』
『若~中齢犬は良性が多く、高齢犬は悪性が多い。』
などです。良/悪の判定は病理検査で確定しますが、術前に細胞診検査で予想を立てることもあります。
○乳腺腫瘍の治療
・外科
乳腺腫瘍の治療の基本は外科切除です。これは悪性でも良性でも同じです。
当院では、年齢や健康状態、腫瘍のサイズ、位置、個数、固着(筋肉などにくっついているか)等をふまえて、可能な限りの情報をお伝えした上でご家族と術式決定をします。
「切除範囲は生存期間に影響しない」という報告と、「広範囲切除を行うと再発率は下がる」という報告があり悩むところではあります。
「乳腺組織と腫瘍細胞」は「畑と種」の関係です。種が飛びやすい畑を、できるだけ取り除いて再発の可能性を下げることを目的として切除するため、ご家族が思っているよりもだいぶ大きな傷を作ることになるかと思います。
当院では片側全切除(腋の内側から内股まで切り取る)、最低でも領域切除(しこりのある乳腺と繋がりの強い乳腺をまとめて切り取る)ことを行うことが多いです。
ただし相談の上で、ご家族が希望しない場合、傷がかなり大きくなる大型犬、麻酔リスクの高い子では臨機応変に最小限の手術を行うこともあります。
・その他
抗がん剤や放射線治療は完治を達成することはできず、塊がある状態で最初に選択するケースは殆どありません。
しかしすでに肺などに転移を起こしてしまっている場合やどうしても外科切除ができない場合は、注射や内服の抗がん剤の提案をすることがあります。
また、非ステロイド系鎮痛薬(少し腫瘍の成長を抑えることもある)、緩和治療(感染や痛み、生活の質を改善する対策)もあわせて相談します。
なんとか抑えていくために、免疫療法、インターフェロン療法、高濃度ビタミンC療法などなどいろいろな治療を試みるケースも有るようです。
○症例
一番下に先日行ったM・ダックスフントのリンちゃんの手術前と手術後の写真を掲載します。生々しいので苦手な方は見ないようにしていただければと思います。
複数あるしこりの中でも、一つは自分の頭より大きいもので、一部破れてしまっていました。
今回はかなり大型で右と左に認められたため、左の第1~3乳腺、右の第4~5乳腺切除を行いました。
かなり大型のしこりだったため、万が一左右の切り傷が寄せられない場合、メッシュ状減張切開(術創の周りの皮膚に沢山の切開を加えて皮膚を伸ばし、傷の閉鎖を行う方法)を検討します。
今回はいくつかの工夫で傷口を塞ぐことができました。
病理検査結果は乳腺癌(大腫瘤:単純型、小腫瘤:複合型)で、脈管浸潤なし(腫瘍が転移するための通り道に入り込んでいる様子はない)、鼠径リンパ節に微小転移あり
この結果からは今後の再発や転移の可能性は十分に考えられ、経験的にも残っている乳腺に再発や別の乳腺腫瘍の出現はしばしばみられる状況です。
予防的抗がん剤(再発の可能性を下げることに期待、根拠は多くない)、定期モニター(触診、胸部レントゲン、±腹部エコー)、自宅で経過観察、が提案できます。
今回は定期モニターを行っていくこととしました。
再発がなければいいですが、万が一できてしまった場合は、今回のように育ててしまう前に切除を行い、残っている乳腺を可能な限りなくしてしまいたいところです。
◯麻酔導入直後
◯剃毛後
◯覚醒前
◯術後1ヶ月